伊勢志摩国立公園を代表するあご湾の絶景を一望! 常緑広葉樹の木々と波穏やかなリアス式の海岸線が織りなすアート。 大小60以上のもこもことした島々は、見ているだけで心が癒されますよ。 ◎トリップアドバイザー「旅好きが選ぶ!日本...
「楯ヶ崎」や「鬼ヶ城」などリアス式海岸特有の奇岩・巨岩をみることができる熊野市の海岸線。松崎港発着の楯ヶ崎観光遊覧のコースの「ガマの口」は、熊野の「青の洞窟」とも言われるほどの美しい大きな洞窟の穴です。青い空と青い海が広がりはとても開...
夫婦岩は古来より日の出遙拝所として知られてきました。沖合約700m先には猿田彦大神縁りの興玉神石(霊石)が鎮まり、そこは降臨する神の依り代であり、常世の国から神が寄りつく聖なる処と言われてきました。 夫婦岩はこの興玉神石と日の出...
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長者池
御在所岳山頂より御嶽神社へ向う途中に岩の間から清水が湧き出ている小さな池がある。明治の中頃、山の案内人として寝泊りしていた千草村の甚太郎の夢枕に竜神が現れ、どんな病気でもたちどころに治してしまうという霊感を授かったという。その後、甚太郎は巨万の富を得て、公共事業に多額の寄付をして村人に慕われた。
北勢
古市街道
外宮から内宮への街筋。昔は江戸の吉原・京都の島原と並び三大遊郭として賑わった。現在では大林寺院等の寺院が往時の面影を残している。また、伊勢古市参宮街道資料館には、当時の資料が展示されている。
伊勢志摩
クロガネモチ
天皇八幡社の参道上にあり、枝は東西24m、南北23mに張って、見事な傘状をなしている。クロガネモチは常緑高木で、樹幹が伸びるが、この木は樹高約15m位で、いたって低いことが特徴である。市天然記念物。
赤須賀神明社
江戸時代に武家地であった鎮国守国神社の氏子区域を隔てているため、毎年8月の旧盆に赤須賀神明社の祭事として石取祭が行われています。「石取祭」の祭車には漆が施されていて、金・銀・真鍮などの金具が取り付けられ、更に蒔絵や彫刻などで豪華さを演出しています。
中日カントリークラブ
鈴鹿国定公園を背景に、緑ゆたかな大自然のなだらかな丘陵地に広がる27ホールのメンバー制コースです。コースは自然林45%を残しフラットで広いフェアウェイですが、それでいて変化に富んだ味わいと戦略性を追求したものであります。これは自然を大切なパートナーとし、風格ある名門コースたらんことを念願したからにほかなりません。四季折おりの美しい景観のなかで、素晴らしいゴルフライフを楽しんでいただけます。
南勢新四国八十八ヶ所
弘法大師にちなんで地区の霊場として建立された巡礼の道。通称、大師山の頂上まで八十八組のお地蔵様が連なり、神秘的な雰囲気を醸しだしています。
女滝
獅子ヶ岳登山道のそばにある美しい滝。倭姫伝説にも登場し平家の武将藤原有助が朝夕祈りをささげたという言い伝えが残っています。
女人堤防碑
この辺りは鈴鹿川と交流安楽川の合流点で、たびたび氾濫して被害が大きく、文政12年頃、神戸藩に何度も修築を申し出たが許されず、女性たちが禁を犯し打ち首を覚悟で堤防を補強しました。 女性たちは一旦は処刑場に送られましたが赦免の早馬で救われたといいます。 この碑は、鈴鹿市汲川原町の鈴鹿川北岸堤防下に建っています。
天然温泉・多気の湯
天然温泉、フィットネスジム、食事処、リラクゼーション、ヘアカットサロンなど。
中南勢
江西寺だるま寺
毎年2月11日に願いを込めてだるまの方眼を開け、願いの叶っただるまは、10月5日に消姿大供養が行なわれ、そのときに焚かれる「満願の火」は、縁起がよいとされています。
体験学習 伊勢型紙資料館
伊勢型紙は、きものなどの染めに用いる型紙のひとつで、渋紙にさまざまな技法で模様を彫り抜いて作られます。 伊勢型紙資料館は、江戸時代末期の建物で白子屈指の型紙問屋であった寺尾斎兵衛の住宅を修復して、平成9年に開館しました。 型紙資料などを収蔵・展示するほか、体験もできます。 栞・ミニ色紙体験(渋紙)は、カッターで彫ります。ミニ色紙は彫りあがったら、色紙に貼ることもできます。(実費) ...
殿町(旧同心町)
もと同心とよばれた武士たちが住んでいた一角で、生垣が美しく刈り込まれた静かなたたずまい。 今も当時の家屋が何軒か残っている。
魚町通り
豪商・長谷川家の邸宅や本居宣長宅跡、松阪牛の老舗・牛銀などがある。落ち着いた風情の街並みである。
神戸城の鯱
神戸城二之丸の東北隅に神戸城唯一の二重櫓(現在神戸高校正門南西)があり、この櫓にあげられていた鯱一対の一つで一重櫓の鯱と共に文化会館の玄関ロビーに展示されています。 この鯱は、高さ1.3m、重さ150kgの青銅製で、頭部に、「勢洲神戸城主本多伊予守忠統延享四(1747)年丁卯六月築之」、口辺に、「武州江戸神田住御鋳物大工田村庄右衛門尉藤原安通作」の銘文がそれぞれあります。 なお...
大木神社
石薬師の氏神様で昭和57年秋に立て替えられましたが、社殿後の森は、市指定「椎の森」で杉、アラカシ、サカキ、ソヨゴ、ヤツデ等と椎の木とが混生して美しい森を形成しています。境内には佐々木信綱の歌碑もあります。
木曽岬温泉
大浴場、砂利風呂
宮川・一之瀬川
三重県南部を流れる宮川と、その支流一之瀬川。国交省水質ランキングで日本一に輝き続けている清流です。度会町を流れている部分は、水も美しく、比較的容易に河原に降りられるので、コイ、ウグイ、アユなどの釣り、河原での水遊び、カヌー・カヤック下りなどで様々な人に親しまれています。
日の出の森
遊歩道で、自然林の散策を楽しめる。野鳥のさえずりを聞きながら、自然林の散策を楽しめる。伊勢平野、伊勢湾が一望できる。太平洋から昇る美しい日の出を見るハイキングコースもある。天気のよい日には伊勢湾の向こうに富士山が見えることもある。林道麻加江小萩線・麻加江側から約6km。
斎王の森
かつては斎王の御殿があったと伝えられる斎王の森周辺は、今では斎宮跡の 「シンボルゾーン」として親しまれています。隣接する芝生広場では、発掘調査 で確認された掘立柱建物の柱跡や井戸の復元なども見られます。
天武天皇社
壬申の乱(672年)に大海人皇子(のちの天武天皇)が桑名郡家に駐泊されたことにちなみ、のちに創建されました。元は新屋敷付近にあったが、江戸時代に鍋屋町に移りました。
白魚塚(浜の地蔵)
こちらの史跡は旧堤防上にあったのですが伊勢湾台風の高潮によって破堤し、流されてしまいました。 しかし深く名残を惜しむ人々が多かったため昭和39年2月に新しく再建されました。
浜の地蔵(龍福寺)
龍福寺は俗称浜の地蔵といい、地蔵尊石像を安置しています。桑名藩主 松平定綱が深く帰依し、寛永十年(1633)修験宗当山派の住職・持照山法印に命じて本堂を再建、供養料を寄進され、その後代々城主の信仰厚く承応三年定良公、寛文十年定重公、享保元年と八年忠雅公が修築し、享保十年本堂が再建されました。 その後度重なる揖斐川護岸工事のため旧跡は遙か河中の州となり、さらに伊勢湾台風の災禍により現在地に再...
宮川親水公園
ふれあい広場、水辺の舞台、水遊びのせせらぎ、渡し体験の池
大林寺
信空大和尚が寛永2年(1625)に開いた浄土宗西山禅林寺派のお寺。 境内には、歌舞伎狂言「伊勢音頭恋寝刃」として今に伝えられている遊郭「油屋」で起こった刃傷沙汰「油屋騒動」のお紺と孫福斎の墓「比翼塚」が建ち、供養している。 創建年代:1625