徒歩5分 大王崎灯台バス停から西へ |
|
|
| 堂の山 薬師如来座像(鎌倉初期の作) |
 |
|
薬師如来が安置されている薬師堂の祀られている山を「堂の山」と呼んでいます。薬師堂の薬師如来座像は町の文化財として指定されています。
薬師如来が安置されたもともとの由来は、病院や医者や良い薬がなかった時代、一度病気にかかったら神仏に祈りを込めてお願いするしか方法がなかったからです。それから何百年か経った現在でも、町民の信仰を集めているのです。 |
|
|
|
| 堂の山の地蔵さん(汗かき地蔵) |
 |
|
堂の山には、薬師如来のほかにも地蔵さんを二体祀っています。その一体が汗かき地蔵。
天文年間(1532〜54)漁師の惣左衛門の網に掛かったものと伝えられています。この地蔵さんは、良い年は白い汗、悪い年は黒い汗をかくと言われています。汗かき地蔵の縁日は2月24日で、志摩地方では不思議とこの祭りを境に春めいてくるので「春を呼ぶ祭り」とも言われています。 |
|
|
|
| 堂の山の地蔵さん(思案地蔵) |
 |
|
堂の山のもう一体が思案地蔵。天保元年(1830)に起こった波切騒動の犠牲者を弔うために祀られたものです。なぜ思案地蔵と呼ぶのか、また誰がそう名付けたのか、その辺りのことは一切分かっていません。ただ、姿形とそのいきさつから、思案地蔵と呼ぶようになったように思われます。一度心有る人はお参りして欲しいものです。こ首を傾け波切を救ってくれた恩人を祀った思案地蔵は、この町の行く末を案じているようにさえ思われます。 |
|
|
|
徒歩5分 南へ向かいます。 |
|
|
| あじさい寺大慈寺 |
 |
|
最近この辺りの人は「大慈寺」を「あじさい寺」と呼びます。6月、寺の周辺一面にあじさいの花が咲き乱れ、まるで「あじさいの中に寺」があるかのように見えることから、誰言うとなく「あじさい寺」の名がついたのでしょう。
この寺の本当の名は「法雨山大慈寺」と呼び、臨済宗妙心寺派の寺です。
守り本尊は、十一面観世音菩薩です。宝物は、絵画「涅槃図」ですが一般公開はしていません。 |
|
|
|
徒歩3分 急な坂をのぼります。 |
|
|
| 天満の山神 |
 |
|
昔の波切には、村の出入り口が2ヶ所ありました。その一つが天満の山の神です。祠や鳥居があり、今も正月には「しめ縄」を張り神事を行っています。
この天満の山の神の所が、大変眺めが良く絵のスポットとして絵描きさんがよく来る場所の一つです。絵心のあまり無い人でも、ここへ来るとキャンバスを広げたくなります。
ここから目に入るものは、白い灯台と家並みや段崖、そして宝門の浜に打ち寄せられる波にたわむれる鴎達です。 |
|
|
|
徒歩7分 坂を下り土産店の坂をのぼります。 |
|
|
| 八幡山 九鬼水軍城跡 |
 |
|
こんな所に城が…と、不思議がる方も多いと思いますが、九鬼水軍が大王崎に進出してきた頃の城は山城が一般的でした。城は、敵から攻められ難く守り易いのがよい城です。波切の城は、そんな城でも築城が簡単でもっぱら実戦用でした。
九鬼水軍は、この波切にあって海を中心に活躍の場を拡げ、天下にその名を馳せたのです。
学者の間では、九鬼水軍がここに築城したことについて、大変「理」にかなったものと考えられています。 |
|
|
|
徒歩1分 |
|
|
| 大王埼灯台 |
 |
|
大王崎の突端にそびえる白亜の灯台。昭和2年(1927)に建てられました。
灯台員は、沖ゆく船の安全を願って昼夜を問わず頑張っています。この灯台は、見学に来た人を誰でも見張り台まで上がらせてくれます(有料)。百聞は一見にしかず。見張り台からの眺望はまた格別です。とにかく、360度のパノラマ景色を眺めて見れば気分爽快です。
また、11月1日の灯台記念日には、灯台の無料開放を行っております。 |
|
|
|
徒歩1分 |
|
|
| 須場の浜 |
 |
|
言い伝えによれば、その昔、大入道ダンダラボッチが大王島に住んでいて、きまって9月の申の日になるとやって来ては村中を荒らし回りました。
困った村人達は、考えぬいたあげくにダンダラボッチの来る日に、浜辺で畳一枚ほどの大わらじを作って見せました。
その大わらじを見たダンダラボッチは、恐くなってその後は村に来なくなりました。しかし、村人は今でも9月の申の日になると大わらじを作って海に流しています。(県無形文化財指定)
※この伝説は観光連盟のHPがアニメーションで紹介しています。 |
|
|
|
徒歩5分 |
|
|
| 波切神社 |
 |
|
昔は、波切でも捕鯨が行われていました。ある日、捕まえた鯨を解体していたら、大きな卵型の石がでてきて漁師達を驚かせました。漁師達は、神のたたりを恐れてその石(鯨石)を波切神社に祀りました。
また波切神社は、ダンダラボッチの話で有名な「葦夜権現(いやごんげん)の秋祭り」をすることでも知られています。葦夜権現の秋祭りを町民は「わらじ祭り」と呼び、大わらじを作って海に流して、村の豊漁と安全を祈願します。 |
|
|
|
徒歩2分 |
|
|
| 藤島武二画伯も絶賛した所 |
 |
|
大王岬に打ち寄せる白い波頭の怒濤を見ることが出来るこの場所は、藤島武二画伯の絵で有名な風景です。一見の価値があります。台風の前後、特に凄い波しぶきを上げ荒れる太平洋をぜひ見て欲しいものです。(安全には十分ご注意ください)
その打ち寄せる怒濤を見れば、どなたもきっと創作意欲が沸き、画伯と同じようにキャンパスへ自然と絵筆を走らせたくなると思います。(残念ながら画伯の描いたポイントは現在立ち入ることはできません。) |
|
|
|
徒歩1分 |
|
|
| 崎山公園 |
 |
|
崎山公園からの眺めは、紺碧に輝き広がる太平洋と吸い込まれそうな大海原から、やっぱり地球は丸かったと思わせる水平線を見ることができます。
眼下に浮かぶ小島が「大王島」です。この島を「葦夜(いよ)が島」とも呼び、神と見立てて葦夜権現(いよごんげん)とも言いました。葦夜権現は波切の漁師達が信仰した産土神(うぶすながみ)です。その大王島で海神八大竜王を祭り、雨乞いをしたところ雨が降ってきたと言い伝えられています。 |
|
|
|
徒歩10分 途中、波切漁港を経由して。 |
|
|
| 仙遊寺(九鬼水軍菩提寺) |
 |
|
尾鷲から海賊として志摩半島に進出してきた九鬼氏は、波切に波切城という拠点を築き、敵を寄せつけず九鬼水軍の名を天下に広めました。
その九鬼家三代目大和守隆次が、菩提寺として仙遊寺を建立しました。当初は、清竜山泉住庵と呼んでいましたが、その後、今の「神護山仙遊寺」と呼ぶようになりました。
この寺には、九鬼家の三代(二代目、三代目、四代目)にわたる墓碑と五輪塔が残っていて往時を偲ばせます。 |
|
|
|
徒歩5分 スタート地点の大王崎バス停に向かいます。 |
|
|