清少納言「枕草子」に記された、 名泉・ななくりの湯
清少納言は、『枕草子』の中の第百十七段で、「ななくりの湯」をとり上げ、称賛している。
この温泉は、日本三名泉のーつとして名高い榊原温泉であるとされているが、入るとお肌がツルツルになるこの美人の湯の効能を知ってか知らずか、気丈で男まさりだったと言われる清少納言が褒めているのが面白い。男まさり、という清少納言の性格は、宮中での活躍ぶりからうかがえる。例えば当時、漢詩文は一般女性の教養としては不必要で、それを学んでいるとかえって同僚たちに嫉妬された。しかし、漢詩文に精通していた清少納言は隠そうとしなかった。それどころか男性との問答の際、漢文書の名言を巧みに使って相手を唸らせたりしている。こうした態度から、かの紫式部は、清少納言のことを利口ぶっていて、でしゃばりだと批判した。しかし、その活発でユーモアに富んだ気質が、天皇や中宮に親しまれた大きな要因だったのである。
ところで平安時代の温泉は、湯治のために利用されていた。しかも女性はほとんど旅をしなかったので、ななくりの湯を楽しんだのは、もっぱら公用で出かけた男性貴族ということになる。つまり、せっかく清少納言が紹介しても、美人の湯の効能にあやかった平安女性は、皆無に等しかったと推測できるのだ。
そもそも平安の貴族たちは、5日に1度くらいしか風呂に入らなかったらしい。それも疲れを癒すというより、化粧や服装を整える前の下準備という意味合いが強かった。
結局、『枕草子 第百十七段』は、平安時代の人々よりも、温泉好きで旅好きな現代人にこそ価値のある文章だったのである。 |